(1)山書論

深田久弥著
(新潮文庫)

田中澄江著
(文春文庫)

清水栄一著
(桐原書店)

 昨今の登山ブームに火をつけたのは、やはり深田久弥の「日本百名山」からでしょう。それ以前にも名山の歴史はあったのですが、数ある名山の中から百を選んで、ここまで定着させたのはこの本の功績です。名山選定の歴史としては、江戸時代の橘南谿「名山論」や、谷文晁「名山図譜」、十辺舎一九の「諸国名山往来」などが知られていますが、多くの深山がまだまだ未知の山だった頃の話なので、選定の分母になる山が不十分でした。

 多くの山の存在が知られてきたのは明治になってからです。明治の近代登山の幕開けをかざった有名な本があります。志賀重昴の「日本風景論」と、小島烏水の「日本山水論」です。ウェストンが日本の多くの未知の山々を実際に登頂して人々に紹介し、やがて機は熟して、小島烏水を中心として日本山岳会が誕生します。

 深田久弥の「日本百名山」はそんな背景の中からうまれてくるのです。深田久弥個人が選定した山なのに、現在では国土地理院や環境省が選定したかのごとく一般に公認されています。いろんな地図にちゃんと、日本百名山と表記されているのです。この深田百名山に影響されて、いろんな視点や地域特色をいかした百名山が誕生しました。その中で特筆すべきものは、田中澄江の「花の百名山」でしょう。美しい高山植物が咲く山として有名です。そして各地方でも、深田百名山に刺激されて百名山が選定されました。その中でも周知されているものは「信州百名山」でしょう。美しい文章と雄大な写真で編まれた本で紹介されると、名山として知られ定着していきます。会津百名山や山梨百名山は、その中でも特に認知度が高く、多くの登山者に人気があるようです。

  深田久弥の日本百名山は、短い文章の中に、その山の歴史や個性を的確に表現し、最後にそっと自分の感想を述べていて、どんな山でも必ず一つは素晴らしい事があるものなんだということを書いています。本が百名山を創生し、本が百名山を有名にし、ついに「深田百名山」は登山者のバイブルになったのです。


(2)名山論


一等三角点研究会著
(山と渓谷社)


(新ハイキング社)

  では名山とはいかなる山なのでしょうか。「古事記」や「日本書紀」には早くも、高千穂や熊野の山の名が見受けられます。富士山や筑波山は「万葉集」の頃から歌の中に登場します。そして「風土記」にも、伯耆大山のように地域で崇められた山の説話が載っています。各地では、山岳信仰の対象となった霊山が多く存在しています。古くからの名山は登る山ではなく、拝み仰ぐ山だったのです。名山とはもともと人々の精神のよりどころとなった山のようです。名山とは心のふるさとの山だったのでしょう。

 さて、深田久弥が選定した名山には、三つの基準があげられています。
        @山の品格・・・立派な山。人を感歎させる山。
        A山の歴史・・・人間と深いかかわりのある山。通俗化した山は除外。
        B山の個性・・・独自の特徴がある強烈な山。
これ以外にも付加的条件として高さが1500m以上という線を引いています。

 さて特に、一等三角点のある山にしぼって百名山を選定している本が2冊あります。もともと一等三角点を有する山は、その地域では目立つ山で高い山が多く、当然眺望も抜群の山となるでしょう。ですから、一等三角点自体が名山の条件に重なっているのです。「一等三角点百名山」では、名山選定の条件として、@山型、A展望、B知名度をあげています。付加的条件として1000m以上とし、登山者に登り甲斐のあることを強調しています。百名山愛好者とともに、一等三角点愛好者も多く、山を愛する目的も多岐多様になってきたようです。しかし名山自体、いろんな要素を併せ持っているものなので、色々分類をしても、大部分の山がダブってくるわけです。名山はやたらに数があるものではなく、実は限定された選ばれた山なのです。


(3)百山論


深田クラブ著
(昭文社)


(新ハイキング社)

加藤昌隆著
(海鳥者)

小林泰彦著
(山と渓谷社)

 深田久弥自身が後述していますが、百から漏れた山にも、まだまだ素晴らしい山が多くあり残念、という文面が見られます。多少差し替えしてもいいなどと言っています。確かに日本の山を百に絞るのは大変です。そこで深田久弥の意思を受け継ぐかのごとく、「深田クラブ」がプラス100の「日本200名山」を選定しました。これは、百名山を完登した人の、次なる目標にもなるわけです。そして次なる努力目標として、「日本300名山」が日本山岳会の手で選ばれました。深田久弥が100で積み残した山々は全て網羅されて、なお多くのお釣りがあるほどで、ここまで来るとさすがに完登者は数えるほどになるようです。登山禁止の山も数座あるので200、300は至難の技です。100の中でも実際は、浅間山は入山禁止になっているくらいです。

 「日本百名山」は登山者の憧れの山で、百山登頂という目標を達成するために、多くの人々が毎年挑戦しているのです。そしていかに100に挑んだかの自分史の本も数多く出版されています。百名山に関しては、科学的に分析した本や、著名山岳写真家の写真集などが書店に並んでいます。「百名山」から連想して、「日本百低山」というユニークな本も出版され、また「百高山」という切り口も取り上げられています。

 百という数字は、「百獣の王」「百貨店」「百科事典」の百です。そして「百も承知」「百聞は一見にしかず」の百でもあります。百はきりのいいまとめやすい数字なのです。深田久弥の百名山に百物語で挑戦してみようではありませんか。「百人一首」山版です。どんな叙情文や叙景詩が集まることでしょう。